アンドリューNDR114 (映画 )

「マーティン家族のもとに家事用の人型ロボットが送られてくる。
父親であるリチャードが購入したのだ。
しかし、興奮しているのは父親のみで、家族は突然現れた同居人にとまどうばかり。
リチャードはロボットをアンドリューと名付け、人間同様に扱うようにと家族に諭した。
ある日、末娘アマンダが大事にしていたガラスの馬の置物をアンドリューが壊してしまう。
アンドリューは壊した置物同様の馬を流木から彫り上げる。
それを見たリチャードは、アンドリューに人間性を見いだすのだが…。」

アンドロイドと家族の物語かと思いきや、後半はアンドロイド「アンドリュー」の一大叙事詩に展開。
リチャードとの主従を越えた関係とアマンダとの微妙な関係を描いた前半だけでも十分面白かったのだが、後半、アンドリューが自分探しの旅に出て、最後には裁判にまで発展するとは。
なかなか見応えがあったし、いろいろ考えさせられた。
アンドリューが人間になることを求めたのは、リチャードが彼を機械として扱わなかったことが発端。
リチャードの行為は一見良心的のようではあるけど、そのことでアンドリューを現実との軋轢に苦しめることになる。
果たしてリチャードの行為は正しかったのだろうか?
アンドリューは幸せだったのか?

スピルバーグ監督作AIも同様のテーマだったが、アンドリューNDR114の方が数倍見応えがあった。

LINEで送る
Pocket

You can leave a response, or trackback from your own site.


コメントをどうぞ

*
コンメントされる際は、画像に表示された文字を入力してください。
Anti-spam image