2017年2月17日
映画「ローマ法王の休日」を観て
題名は明らかに「ローマの休日」からもじってますが、あちらのようなロマンチックな映画では全然ありません。
Amazon Primeで"コメディ"でヒットしたけど、そんな脳天な作品でもありません。
舞台は教皇選挙が行われようとしているバチカン。
しかし、枢機卿の誰もが、この教皇(法王)というポジションになりたがらず、みなが頭の中で自分が選ばれないことを願う祈りを捧げている始末。
当然、カソリックのトップに相応しい人物が選ばれるわけもなく、不幸にも選ばれたのが映画の主人公。
こんな場面って身近にある。
学校にはじまり、町内やら職場やらで見る光景だ。
なんの旨味もなく、やりたがる者がいない役は、往々にしてくじ引きで決められる。
貧乏くじを引いたものは、任期中をただ耐え忍ぶのみ。
投票後、法皇となったかつての同僚を、なにかスイッチが入ったかのように崇め始める枢機卿たちの姿は、滑稽というより、ある種の嫌がらせにしか見えなかった。
法王に選ばれたことに戸惑う主人公は、決して無責任な人間ではなく、責任感が強いからこそ、その重責に耐えきれなかったのだ。
そんな責任感の強い主人公が、ローマでの休日を経てたどり着いたラストシーンは、あまりに悲痛なシーンだった。
なぜにこれがコメディなのか?