朝ドラ「純情きらり」を観て

先月、NHKの朝ドラ「純情きらり」が最終回をむかえた。もちろん再放送。
初放映が2006年なので、もう15年前の作品ということになる。
朝ドラってのは元来苦手で、最終回まで通して観たことは一度もなかった。おそらく、これが最初で最後になるだろう。
そんな苦手な朝ドラをなぜ観たのか?
それは、主演の宮崎あおいちゃん目当てなのだ。

準主演だった「朝がきた」さえも途中で観なくなったのに、なぜ今回見るに至ったか?
本人の結婚、出産後に出演作は皆無となり、あおいファンに訪れたあおいロス。
この心の空虚感を埋めるべく、意を決して?観るに至った次第だ。

子役から始まり、あおいちゃんが登場するのは女学生時代から。
可憐な制服姿に「あ~あ、やっぱり観て良かった」と、心にぽっかり空いた穴はすっかり満たされ、満足することしきり。
がしかし、やはり朝ドラ。1回15分という短時間のうえ、視聴者層も広いと言うこともあって、先の読める分かりやすいストーリー展開と、あざとい演出…ここらへんは観るに耐えなかった😓

それでも最終回まで見続けられたのは・・・あおいロスの為せる技か。

女学生時代から東京でのアパート生活までは、まあ古き時代のよくあるドタバタ家族劇といったところ。
様相が変わってくるのは、戦時色が強くなってくるところからだ。
フィアンセが出兵になったり、大事なピアノを兵器生産のため回収されたりと。あおいちゃんの顔から無邪気さはなくなり、悲嘆に暮れるシーンが多くなってくる。

この戦時中のシーンで、「あああ~」と思った回があった。
友人の兄に赤紙が届き、軍隊へ旅立つその日のこと。近所の人からの万歳三唱で見送られる最中に、その背後で友人(妹)が「生きて帰って」との横断幕を掲げる。
当然の思いだし、理解できる行為だが、この当時は違う。
妹は、集まっていた人たちから罵声を浴び、石を投げつけられるのだ。
創作シーンだとは思うが、きっと同様のことは当時あったのではないだろうか。
この「空気」の重さと、強要される「自重」・・・なにやらCOVID-19時代に共通するものを感じずにはいられなかった。

最終回をむかえ、またも訪れるあおいロス・・・。
新たな出演作も聞こえてこず。
昔の映画でも観直そうかな?

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