書籍「教養としての中国史の読み方」を読んで

模倣品、粗悪品という中国製品はもう昔の話。
無視できなくなってきた隣人を知るには、まずはその生い立ちから、ということで本書を読んでみた。
受験勉強の痕跡、脳内に散らばっていた歴史上の人物、事件が、きれいに一連のストーリーとして整理することができた。
気になったところを備忘録としてメモっておく。

中国ファースト

中国人の思考に深く根付いている儒教。
儒教は、礼節を重んじる、というイメージがあるが、これはまず自分自身が誰よりも上であることが前提。
つまり、礼は自己尊重の裏返しとのこと。

幕末、日本は攘夷か開国かの選択で国が揺らいだ。
が、これは相手を対等に見ているからこその選択肢。
自らをナンバーワンとする儒教思想において、ありえない選択肢といえる。
アヘン戦争時、中国(清)はイギリスという野蛮人を手懐ける程度で考えていた。
その結果は歴史が示すとおり。

あべこべの世界

儒教から中国を紐解いていくと、いろいろな面で、日本、あるいは世界(欧米世界?)と、ベクトルが違っていることが分かってくる。

儒教において、理想社会は昔にあると考えられているらしい。
つまり、変化・変革は悪とされる。
近年、ディストピアの風潮が世界的に漂っているものの、より良い未来のため今を変えていく、というのが、日本を始め、現代世界の姿勢かと思う。
かの国では、思考の時間、時代の流れが真逆のようだ。

儒教において、スペシャリスト(専門家)は知識が偏重している人間とされ、軽視されるらしい。
尊ばれるのは、オールラウンダー。
日本で言う職人気質なんてものは、中国では見下されるのだろう。
ヲタクともなると、迫害を受けそうだ。

賄賂問題

儒教では、「増税」する政治は悪政とされている。
公務員の給与をあげたいが「増税」はご法度となっている。
なら、代わりに賄賂を・・・。
共産党員の賄賂横行がニュースで伝わってくるが、その根底が儒教にあるとは・・・。

法治国家

法治国家の基本は「rule of law」。
しかし中国は「rule by law」。
法が国を治めるのではなく、天子(現在なら共産党)が治め、法はその道具でしかない。
日本と中国の法感覚の違いはどこから来るのか?

・日本
江戸時代に形成された将軍を基点としたネットワークは、階級を超えて形作られた。
結果として、「公」という共通意識が作られたため、法律を遵守する国民となった。

・中国
歴史的に王朝や官僚がよそ者である時期が続いたため、信頼対象にならず、血縁や地縁を非常に大事にするようになった。
このため、国や他人のルールに遵守する意識が希薄となった。

取締は突然に

法は道具に過ぎないため、それをいつ行使するかは天子(共産党)の自由。
黙認されてきたことが、ある日突然、取締対象となるのは日常茶飯事とか。

倭寇は日本人の海賊と教わった記憶があるが、正確には民間の貿易商だったらしい。
当時の中国(明)は鎖国状態だったので、そもそも違法行為ではあった。
ただし、中国民衆ばかりでなく、役人も、倭寇のおかげで潤っていたため、黙認していた。
これがある日突然、違法行為として取締を始め、後世、海賊扱いされたとのこと。

この「ある日突然」は今も健在で、南沙諸島、尖閣諸島問題なんかも、その体らしい。

漢字の呪縛

言語は、それを使うものの思考、社会性に大きく影響を及ぼす。

中国の熟語・成句は、根拠となる古典が必要とされている。
日本のように、適当な漢字を寄せ集めて熟語としたり、新しい漢字を作り出したりするのはNGのようだ。

本書では、Gunにあてた漢字の例が挙げられている。
日本では、もともと武器を意味しない「銃」をGunの訳としてあてた。
一方、中国では、古典にGunに該当する武器がなかったため、やむなく「槍」としたとか。

日本の言語(漢字)に対するこの自由さ(いい加減さ)により、西洋思想の翻訳がスピーディーに行われ、これが明治維新以後の円滑な西洋化に至った。
同時期の中国の混乱は、漢字の呪縛が招いたとも言える。

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